カビが生えたご飯から始まった!?日本の食卓を支える「麹(こうじ)」の歴史を紐解く

こんにちは。発酵食大学のゆりやんです。
私たちの日常の食卓に欠かせない、醤油、味噌、みりん、日本酒、そしてお酢や甘酒。
これら日本が誇る伝統的な発酵食品のすべてに共通して使われているのが「麹(こうじ)」です。近年では「塩麹」や「醤油麹」といった調味料も定着し、腸内環境を整える健康効果から改めて麹のパワーが注目を集めています。

米麹

しかし、この「麹」が一体いつから歴史に登場し、どのように使われるようになったのか、ご存知でしょうか?実は、麹の歴史の始まりを紐解いていくと、最初は「偶然の産物」からスタートし、時代が進むにつれて時の権力者をも巻き込む激しい暴動の火種になるという、現代からは想像もつかないほどドラマチックな背景を持っています。

今回は、発酵食品の歴史第一弾として、「麹の歴史」にフォーカスを当てます。奈良時代から室町時代、そして現代へと続く変遷を、当時の人々がいかにして「目に見えない菌」と向き合ってきたのか、詳しく解説していきます。

第1章:奈良時代 〜「カビが生えたご飯」から始まった奇跡〜

日本の歴史上、「米麹を使った酒造り」に関する最も古く確実な記録と考えられているのは、今から約1300年前、奈良時代初期(715年頃)に編纂された『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』です。
この文献には、次のような大変興味深い一文が残されています。

「大神の御粮(みかれひ)沾れて(ぬれて)かび生えき 即ち酒を醸さしめて庭酒に献て宴しき」

これを現代語に訳すと、「神様にお供えしていた携帯用の乾燥ご飯(乾飯=かれいい)が水に濡れてカビが生えてしまった。そこで、そのカビの生えたご飯を使ってお酒を造り、神様に献上して盛大に酒宴を行った」となります。

(播磨国風土記に登場する庭田神社)

現代の感覚からすると、「水に濡れてカビが生えたご飯でお酒を造るなんて!」と驚かれるかもしれません。しかし、この「濡れたご飯に生えたカビ」こそが、私たちが今日重宝している「麹菌(コウジカビ)」だったのです。

当時の人々は、現代のように特定の菌だけを純粋培養する技術を持っていませんでした。そのため、空気中に浮遊している自然の麹菌が偶然お米に付着し、適度な水分と温度によって繁殖するのを待つ「自然種付法(しぜんたねつけほう)」を行っていました。
乾燥したご飯が水を吸い、偶然フワフワとしたカビが生え、発酵を始めて芳醇な香りを放つお酒へと変化していく。この一連の不思議な過程は、当時の人々にとって「神の力が宿った奇跡」に見えたに違いありません。この偶然とも言える神聖な発見が、日本の発酵文化の幕開けとなりました。

第2章:平安時代 〜技術の進化と「友種法」、そして「麹座」の誕生〜

時代が下り平安時代になると、麹造りの技術はさらに進化を遂げます。
927年にまとめられた平安時代の法典『延喜式(えんぎしき)』には、「蘖(よねのもやし)」という言葉が登場します。これは、現代の「種麹(たねこうじ)」にあたるもので、麹菌の胞子を集めたものを指しています。

この時代に行われていた代表的な製法が「友種法(ともだねほう)」です。これは、前回うまくできた質の良い麹の一部を残しておき、それを次回の麹造りの際に「種」として新しい蒸し米に振りかけて利用する方法です。自家製ヨーグルトを作る際に、前のヨーグルトを少し残して新しい牛乳に混ぜるのと同じ原理ですね。確実に麹を繁殖させることができる画期的な方法でした。

しかし、友種法には欠点もありました。同じ菌を繰り返し使っていくうちに、空気中の雑菌が混ざって繁殖してしまい、麹の質が落ちてお酒が酸っぱくなったり腐ったりするリスクが高かったのです。

そこで平安時代後期になると、「木灰(もっかい)」を利用して種麹を作る技術が発見されます。アルカリ性である草木の灰を蒸し米にまぶすことで、酸性を好む雑菌の繁殖を強力に抑え込み、アルカリ性でも生きられる純度の高い麹菌だけを優先的に培養することが可能になりました。この科学的な技術により、安定して質の高い麹を造る基礎が確立されました。

また、平安時代の終わり頃になると、麹は重要な「経済的価値」を持つようになります。お酒だけでなく味噌や醤油の原型となる調味料の需要が高まるにつれ、朝廷や幕府は税収を確保するために「麹座(こうじざ)」という特権階級の同業者組合を設置しました。
特に有名なのが、京都の北野天満宮を拠点とした「北野麹座(西京神人)」です。彼らは幕府の厚い庇護を受け、京都全域の麹の製造・販売を独占的に取り仕切る強大な権力を手に入れました。

第3章:室町時代 〜激動の時代と歴史的大事件「文安の麹騒動」〜

室町時代に入ると、幕府と結びついた北野麹座の権力と経済力は絶頂期を迎えます。幕府から「酒屋は必ず麹座から麹を買うように」という独占販売権を与えられ、莫大な利益を上げていました。

しかし、これに不満を抱いたのが、実際に麹を買ってお酒を造っている「酒屋(酒蔵)」たちでした。「高いお金を出して麹座から買わなくても、自分たちで作ればコストが抑えられる」と考えた酒屋たちは、幕府の目を盗んで自家製の麹を作り始めます。

これに激怒したのが北野麹座です。彼らは幕府に働きかけ、酒屋が自分で麹を作ることを徹底的に禁止させました。
ここから、麹の利権を巡る激しい争いが幕を開けます。酒屋たちは当時強大な武力と政治力を持っていた比叡山延暦寺に駆け込み、延暦寺を通じて幕府に猛烈な圧力をかけさせました。武力衝突を恐れた幕府は延暦寺の圧力に屈し、北野麹座の独占権を突如として廃止してしまいます。

これに納得できない北野麹座の人々は、1444年、拠点である北野天満宮に立てこもり、猛烈な抗議運動を起こしました。立てこもっている間も毎日欠かさず神様に麹をお供えしていたという記録が残っています。
しかし、幕府はこれを武力で徹底的に鎮圧。この激しい戦闘の中で、あろうことか北野天満宮の一部が炎に包まれ焼失してしまうという大事件に発展しました。これが日本の発酵史に残る「文安の麹騒動(ぶんあんのこうじそうどう)」です。

敗北した北野麹座の一部は、降伏の意思表示として自らの家に火を放って逃亡したとも伝えられ、長く続いた麹座の独占体制は完全に崩壊しました。当時の麹の利権がいかに巨大で、武力や宗教勢力、時の権力者をも巻き込む価値を持っていたかがわかる歴史的事件です。

第4章:そして現代へ 〜発酵文化の影の立役者「種麹屋(もやしや)」〜

「文安の麹騒動」によって特権階級の組織は解体されましたが、彼らが培ってきた「良質な麹を培養する高度な技術」が失われたわけではありませんでした。

麹座を追われた技術者たちの一部は、酒屋や味噌屋が自分で麹を作るために必要不可欠な「麹の種」だけを専門に純粋培養して販売する、「種麹屋(たねこうじや)」という新たな商売へと転身を遂げました。
種麹屋は、蒸し米にコウジカビを植え付け、緑色の胞子がたっぷり生えるまで育てて粉末状にし、「種麹」として商品化します。業界では、種が芽吹くように菌が育つ様子から、種麹のことを「もやし」、種麹屋のことを「もやしや」と呼ぶようになりました。

種麹の培養には、繊細な温度管理や木灰を使った雑菌の排除など、非常に高度な職人技が必要です。そのため、全国の酒蔵や味噌蔵の多くは、現在に至るまで自分たちで一から種麹を作ることはせず、微生物のプロである「もやしや」から種麹を購入し、発酵食品を製造しています。

現在、日本全国には何千もの酒蔵や味噌蔵が存在しますが、発酵の「元」となる種麹を製造している「種麹屋」は、実は全国を探してもわずか数社(およそ6〜7軒程度)しか残っていません。京都で約350年続く老舗種麹屋「菱六(ひしろく)」などは、今でも全国の発酵食品メーカーの味を陰から支える極めて重要な存在です。

菱六

(京都の種麹屋「菱六もやし」さん。2017年10月撮影) 

私たちが普段口にしている美味しい日本酒や味噌汁は、こうした一握りの種麹屋さんが、何百年にもわたって命がけで守り抜いてきた「菌の命」のバトンリレーによって成り立っているのです。

おわりに

『播磨国風土記』に記された偶然の「カビが生えたご飯」から始まり、知恵を絞って科学的な技術を高めた平安時代、巨万の利権を巡って血なまぐさい争いが起きた室町時代、そして現在の「種麹屋」へと繋がる麹の1300年の歴史。
普段何気なく使っている発酵食品の裏側には、これほどまでに壮大な先人たちの知恵とドラマチックな歴史が隠されています。次にスーパーで味噌や醤油を手に取る際は、ぜひこの「麹の歴史」に思いを馳せてみてください。きっと、いつもの料理やお酒が少しだけ深く、より味わい深いものに感じられるはずです。

参考文献・サイト

– マルコメ株式会社:「麹の歴史|麹(糀・こうじ)のこと」
(奈良時代の『播磨国風土記』における「自然種付法」の記述、および平安時代の「木灰」を用いた技術革新の歴史について参考)
– 文化庁 文化遺産オンライン:「北野西京神人文書(九十九通)」
(北野天満宮に所属した「北野麹座(西京神人)」の歴史的役割や中世京都の産業界の様子について参考)
– 一般社団法人 日本発酵文化協会:「【発酵コラム㉛】室町時代の麹騒動とは?!」
(室町時代の「文安の麹騒動」の詳細、酒蔵と北野麹座の対立から北野天満宮での立てこもり・焼失に至る経緯について参考)
– 株式会社菱六(老舗種麹屋) / 食育大事典:「菱六の歴史と種麹屋の現在」
(平安時代の「友種法」から現代の「種麹屋(もやしや)」への変遷、および現在全国に数軒しか残っていないという実情について参考)
– 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球科学研究所(地球研アーカイブズ)
(文安の麹騒動による麹座の没落と、その後の酒造業への影響・発展的経緯について参考)

このブログを書いた人 発酵食大学のゆりやん

発酵食大学ゆりやん2013年に石川県の醸造メーカーの協力を得て発酵食大学を立ち上げました。企画会社である株式会社ウーマンスタイルの代表取締役でもあり、「石川県をキャンパスに見立てて発酵を学ぶなら石川へ行こう!」を合言葉に発酵のプラットフォームを目指してスタート。醸造メーカーと生活者をつなぐ取り組みになればと発酵食大学を運営しています。今は金沢校・京都校・東京校でも講師を努めています。
取得資格:女子栄養大学 食生活指導士、フードコーティネーター

YouTube「発酵食大学」で、「簡単で美味しくてヘルシー」な料理を提案中

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